大判例

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東京地方裁判所 平成4年(ワ)730号 判決 1993年2月22日

原告 フォーク運輸株式会社

右代表者代表取締役 高橋勝繁

原告 臼田運輸有限会社

右代表者代表取締役 臼田正雄

原告 小林茂行

右三名訴訟代理人弁護士 荒木和男

同 宗万秀和

同 釜萢正孝

同 近藤良紹

同 早野貴文

同 田中裕之

被告 社団法人不動産保証協会

右代表者理事 野田卯一

右訴訟代理人弁護士 鈴木一郎

主文

一、被告は原告らに対し、それぞれ一九三万三三三三円及びこれに対する平成三年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

一、請求

主文と同旨

二、事案の概要

本件は、被告(宅地建物取引業保証協会)の社員である農協建設株式会社に対し、同社との宅地建物取引業に関する取引による生じた債権(手付金返還請求債権)を有する原告らが、宅地建物取引業法六四条の八第一項、第二項に基づき、被告が供託した弁済業務保証金から弁済を受けるため、被告に各二〇〇万円ずつ合計六〇〇万円の認証を求めたところ、被告が合計二〇万円を認証し、その余の部分の認証を拒否したため、合計五八〇万円の弁済が受けられず各一九三万三三三三円の損害を被ったとして、被告に対し、その賠償と被告が右認証を拒否した日(不法行為の日)である平成三年一〇月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

三、争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実

1. 農協建設株式会社に対する債権の存在(甲一ないし九、二一、原告フォーク運輸株式会社代表者)

(一)  原告らは、昭和六二年一〇月一六日、被告の社員である訴外農協建設株式会社(以下「農協建設」という)との間で、農協建設から、原告フォーク運輸は別紙物件目録一記載の土地を、原告臼田運輸は同目録二記載の土地を、原告小林は同目録三記載の土地をそれぞれ代金二四〇〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、原告らは、同日、農協建設に対し、それぞれ手付金四〇〇万円(合計一二〇〇万円)を支払った。

(二)  別紙物件目録一ないし三記載の各土地(以下「本件土地」という)は、売買契約当時、訴外小沢敏雄の所有名義であり、農協建設が取得予定であったが、本件土地全部に第三者の所有権移転仮登記が設定されていることが判明し、原告らが所有名義人に問い合わせたところ、この仮登記は抹消される見通しのないものであったため、農協建設は、本件売買契約に定める「完全な所有権を移転する義務」あるいは「本物件の所有権行使を阻害する一切の権利を抹消する義務」を履行不能とした。そこで、原告らは、昭和六三年春頃、農協建設に対し、債務不履行に基づき本件各売買契約を解除するとともに支払済みの手付金の返還及び同額の損害賠償金の支払を求めた。

(三)  原告らと農協建設は、協議の結果、昭和六三年七月一一日、農協建設が手付金返還債務として原告らに各四〇〇万円を支払うほか、損害賠償金として臼田運輸及び小林に対しては各二〇〇万円、フォーク運輸に対しては一〇〇万円を支払う旨を約し、各原告との間で右各債務につきそれぞれ債務弁済契約公正証書を作成し、その際、支払期日は同月三〇日限り一括払、遅延損害金は金二〇パーセントとする旨を約した。

(四)  農協建設は、原告らに対し、平成元年八月三〇日、同年九月一四日にそれぞれ三〇〇万円(各原告に一〇〇万円ずつ)の合計六〇〇万円(各原告に二〇〇万円ずつ)を支払い、右金員は、臼田運輸及び小林においては損害賠償金に充当し、フォーク運輸においては一〇〇万円を損害賠償金に、その余は手付金債務にそれぞれ充当された。したがって、農協建設に対し、原告フォーク運輸は三〇〇万円、臼田運輸及び小林はそれぞれ四〇〇万円の手付金返還請求権と右各金員に対する遅くとも平成元年九月一五日から支払済みまで年二〇パーセントの割合による遅延損害金支払請求権を有している。

2. 認証請求及び認証審査の結果について(争いがない)

(一)  被告は、宅地建物取引業法(以下「法」という)六四条の二に基づく建設大臣の指定を受けた宅地建物取引業保証協会(以下「保証協会」という)に該当する社団法人である。

(二)  原告は、被告(埼玉県支部)に対し、平成二年八月七日付で(ただし原告小林は同年九月七日付で)本件手付金返還請求権につき、被告が供託した弁済業務保証金から支払を受ける前提として、被告に対し法六四条の八第二項及び弁済業務規約一四条の規定に基づき認証の申し出をした。認証を求めた金額は当初各六〇〇万円であったが、平成三年八月二日、各二〇〇万円(合計六〇〇万円)に減縮した。

(三)  これに対し、被告は、平成三年一〇月七日埼全保発第八六号「認証審査結果について」と題する書面により、原告らの認証申出に対し、認証額合計を二〇万円(原告ら三名で案分する)とする旨を通知し、残額五八〇万円については認証を拒否した。

四、争点

法六四条の八第一項は、保証協会(被告)の社員(本件における農協建設)と宅地建物取引業に関し取引をした者(本件における原告ら)は、その取引により生じた債権に関し、当該社員が社員でないとしたならばその者が供託すべき政令で定める営業保証金の額に相当する額の範囲内(当該社員について既に認証した額があるときはその額を控除し、納付を受けた還付充当金があるときはその額を加えた額の範囲内)において、保証協会が供託した弁済業務保証金について弁済を受ける権利を有する旨を定め、同条二項は、右権利の実行の前提として保証協会の認証を受けなければならない旨を定めている。

このように、原告が右弁済業務保証金から弁済を受ける権利を有するのは、当該社員が社員でないとしたならばその者が供託すべき営業保証金の額の範囲内であり、右営業保証金の額は政令で定めることとされている。ところで、右営業保証金の額を定める政令である宅地建物取引業法施行令二条の四が昭和六三年七月政令二三六号により改正され、右営業保証金の額が主たる事務所について三〇〇万円から一〇〇〇万円に引き上げられた(昭和六三年一一月二一日施行)ため、本件手付金返還請求権の発生時点(遅くとも昭和六三年七月一一日)における営業保証金の額は右金額は三〇〇万円であるが、認証申出時点(平成二年八月七日)におけるそれは一〇〇〇万円ということになった。

本件の争点は、原告が弁済を受ける権利を有する営業保証金の額を本件手付金返還請求権の発生時点(売買契約締結の日である昭和六二年一〇月一六日、あるいは本件手付金返還債務等の弁済契約公正証書が作成された昭和六三年七月一一日)を基準として右改正前の政令所定の金額とするか、認証申出時点を基準として改正後の政令所定の金額にするかという宅地建物取引業法の解釈の問題である。

原告は、主位的に、認証申出時点を基準として改正後の政令を本件に適用すべきであると主張し、予備的に、仮に債権発生時を基準とするとしても、本件においては、農協建設に対する動産執行時である平成二年九月一九日と解すべきであると主張する。

五、争点に対する判断

1. 前記のとおり、営業保証金の額を定める宅地建物取引業法施行令二条の四は、昭和六三年七月政令二三六号より改正され、営業保証金の額が従前の三〇〇万円から一〇〇〇万円に引き上げられ、昭和六三年一一月二一日に施行されたのであるが、右施行期日以前に発生している債権についてはなお従前の政令で定める額によるのか、認証申出が施行期日以後であれば改正政令で定めた額によるべきであるのかを経過規定として明示的に定めた規定はないから、右の点は、弁済業務保証金制度ないし営業保証金制度の趣旨、目的に照らして合理的に解釈すべきである。

2. 弁済業務保証金制度は、営業保証金制度と同様、宅地建物取引業に関し宅地建物取引業者と取引をした者に対して、その取引により生じた債権に関し、当該業者が保証協会の社員でないとすれば供託すべき営業保証金の額の範囲内で、弁済業務保証金から当該債権の弁済を受ける権利を付与し、もって宅地建物取引に関する事故から生ずる損害を簡易、確実に補填することを目的としたものである。

ところで、保証協会の社員でない宅地建物取引業者が営業保証金を供託している場合について考えると、当該業者と宅地建物取引業に関し取引をした者がその取引により生じた債権を有する場合、債権発生後に法改正があり、供託すべき営業保証金が増額され、それに伴い増額された営業保証金が供託されたときに、当該債権者がこれに関して弁済を受け得る額は、債権発生時点において供託されていた営業保証金の額ではなく、還付請求をした時点で現に供託されている営業保証金の額であると解すべきである。けだし、前記のような営業保証金制度の趣旨、目的に照らすと、現に供託されている営業保証金と同額またはこれを超える額の債権を有する者の当該営業保証金に対する権利を更に限定し、当該債権者の犠牲の下に当該宅地建物取引業者を保護すべき何らの合理的な理由もないからである。被告は、一定の損害に対する補償制度が設けられている場合で当該補償の支給基準について法改正があった場合、特別の定めのない限り旧法時に発生した事案については旧法の支給基準が適用され、法改正後に発生した事案には新法のそれが適用されるのが通例である旨主張するが、営業保証金制度は、「一定の損害に対する補償制度」ではなく、宅地建物取引業者に対する債権の存在を前提としてその担保ともいうべき営業保証金に対する権利実行の方法を定めた制度であるから、右担保たる営業保証金の額について法改正があった場合と補償制度における支給基準について法改正があった場合とを同様に論ずることは適当でないというべきである。被告の主張を推し進めれば、営業保証金制度が創設される前に発生した債権については、営業保証金制度を利用することができないことになるが、営業保証金制度の趣旨に照らしてかかる結論が不当であることは明らかであろう。更に、弁済を受け得る営業保証金の範囲を債権発生の時期如何によって区別するためには、その区別をある程度確実に認識できるような法的手段が保障されていることが各債権者間の公平の確保の上からも必要である。ところが、供託官は、供託物払渡請求権の存否を還付請求に際し提出される供託物払渡請求書及びこれに添付された供託物の還付を受ける権利を証する書面(確定判決、和解調書、調停調書、公正証書等、供託規則二四条二号)の記載によってこれを判断すべきであり、かつ、右のような書面審査をもって足りるのであるが、これらの書面は、右供託物払渡請求権の存否自体を判断するには十分な資料であるとはいえても、その権利の発生時期まで確定して記載することが期待されていないものもあり(たとえば、和解調書、調停調書等)、現行法上、供託官が債権発生時期を確実に認識できるような手段が確保されていないのである。

供託先例によれば、営業保証金制度創設前に生じた債権について還付請求に応ずべきか否かについて、宅地建物取引業者と宅地建物取引業に関し取引をした者は、その取引の時期を問わず、すべて宅地建物取引業法一二条の四(現行二七条一項)の規定による権利を行使することができるとされているが(昭和三五年三月二四日付供第六号東京法務局長照会、同年五月一九日付民事甲第一二〇三号民事局長回答)、右のような取扱は、以上説示したところに照らして相当な取扱といえる。

3. 弁済業務保証金制度は、保証協会の社員である宅地建物取引業者につき、営業保証金の供託義務を免除する(法六四条の一三)代わり、弁済業務保証金に充てるため、政令で定める額の弁済業務保証金分担金を保証協会に納付させ(法六四の九第一項)、保証協会は納付を受けた額に相当する額の弁済業務保証金を供託し(法六四の七第一項)、これに対し債権者に当該宅地建物取引業者が保証協会の社員でないとしたならば供託すべき営業保証金の額の範囲で弁済の権利を与えるものであり(法六四の八第一項)、営業保証金制度とは、右のような仕組みの違い及び債権者が弁済業務保証金について権利を実行するに当たりあらかじめ保証協会の認証を得る必要があるほかは、債権者の弁済を受ける権利内容に差異はない。したがって、債権者の弁済を受ける権利に関しては、営業保証金制度に関し2で述べたことがそのまま弁済業務保証金の場合に当てはまるというべきであって、弁済業務保証金制度が営業保証金制度における債権者の権利を限定することを許容して創設されたものとは到底解することができない。したがって、弁済業務保証金から弁済を受けることができる範囲も、認証申出時点において、当該社員が社員でないとしたならば供託していなければならない営業保証金の額であると解するのが、弁済業務保証金制度の趣旨、目的に照らして相当というべきである。

被告は、このように解するとすれば、認証申出手続が遅れたものがかえって有利になったり、契約時点や損害発生時点で期待しえた額を超えて政令改正の結果予期せぬ補償を得ることになるなどの不合理を生むことになり、法的安定性、被害者相互間(とくに後順位者にとって)公平感を著しく害する結果を招来すると主張する。しかし、認証申出時点を基準に改正政令の適用関係を決することには前記のような合理性があるのであるから、その結果として、先に認証申出した者と後で認証申出をした者との間に認証額に差異が生じること自体を不合理と断定できるものではないし、先に認証申出をし改正前政令による営業保証金相当額しか認証を受けられなかった者は、理論上、法改正後再度認証申出を行い、不足分につき認証を受けることができると解すべきであるから、先に認証申出をした者を後順位者との関係でとくに不利に扱うことにはならない。また、弁済業務保証金制度が契約時点や損害発生時点における保証金の額から弁済を受け得る期待を保護する制度であるとする根拠もない(認証を受け得る金額は、既に認証した金額があるときはこれを控除することとされている(法六四条の八第一項)から、このことから考えても弁済業務保証金制度が契約時点や損害発生時点における弁済を受け得る期待を保護する制度であると解することはできない)。したがって、被告の主張する点は、いずれも認証申出時点を基準に改正政令の適用を決するとする前記解釈を妨げるものではないというべきである。

よって、被告は、原告らに対し合計五八〇万円(各自一九三万三三三三円)の認証を受ける権利を妨げ、弁済業務保証金からの還付を受けられなくさせ、原告らに同額の損害を被らせたから、これを賠償し、かつ、被告が右認証を拒否した日(不法行為の日)である平成三年一〇月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

六、結論

よって、原告の請求は理由があるから認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中俊次)

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